
【前編】では、日本の医学英語教育の現状と問題を解決するために押味先生が取り組んでいる活動をご紹介しました。【後編】では、医学英語に限らず「英語上達のコツ」や教育者としての熱い想いをお話いただきました。
※写真は趣味のベルギービールを楽しむ押味先生

国際医療福祉大学医学部 准教授、日本医学英語教育学会 理事、立命館大学国際関係学部卒業、旭川医科大学医学部卒業、Macquarie大学大学院翻訳・通訳学科卒業
「医学英語」「医療通訳」の分野で教育・啓蒙活動に携わる医師であり教育者。2007年から2016年まで日本大学医学部で6年一貫医学英語教育プログラムの開発運営に携わる。2014年より日本医学英語教育学会理事。2016年12月より現職。医師や医学生が本当に必要な医学英語スキルを効率よく学べるよう日々研究実践している。著書に「Dr.押味のあなたの医学英語なんとかします!」(メジカルビュー社)など
時間はあるがお金はない。学生時代の押味青年の英語学修方法
今でこそ医学英語の第一人者である押味先生ですが、帰国子女でも特別な環境で育ったわけでもありません。日本で英語を身に着けた多くの英語学修者と変わらないお一人です。実は先生は、医学部に入る前に立命館大学国際関係学部を卒業されています。
先生はどのように現在の英語力を身に着けたのでしょうか?
現在のように英語字幕が当たり前ではない時代に、このように地道な努力を積み重ねて、英語力を向上させていったのですね。
自分の好きな医学英語で生きていく

押味先生のアイディアが詰め込まれた国際医療福祉大学医学部の Language Room のデザイン。理想的な語学教育ができる環境となっている。
その後、医師への道を志した押味先生は旭川医科大学に進学。その後、医学英語専門家としてのキャリアを歩んでいかれます。
押味先生は医学英語の様々なスキルを学ぶ中で「日本の医学英語教育の父」とも言われる元東京医科大学教授のPatrick Barron先生(J. パトリック・バロン)に師事していました。その中で通訳としての技術を高めたいと思いオーストラリアのMacquarie大学大学院への留学を決めます。
英語で「通訳」を意味する interpreting は「解釈する」というイメージの言葉です。従ってそこから派生する 「通訳者」の interpreter には、「対話する二者の間に入り、それぞれの発話を解釈して相互理解を補助すること」が求められます。人工知能が発達してそれが人格を持つことができる日までは、「通訳した内容が正しく理解されたかを確認すること」と「文化の違いを確認して相互理解のきっかけを作ること」という役割は自動翻訳機器には代用ができません。
オーストラリアに留学する以前から米国などで医療通訳のトレーニングを受けていて、日本でも医療通訳養成講座をたくさん行なっていたのですが、通訳するとはどういうことなのかを基本から学び直したいと思い、応用言語学と通訳翻訳学で有名なMacquarie大学大学院に留学しました。
大学院では医学に限らず様々なジャンルの通訳と翻訳を経験し、先生は当初の目的であった通訳・翻訳のスキルを獲得していきました。
帰国して感じた日本の医学英語教育の問題点

左は何よりも嬉しい医学部1期生からの The Best Teacher Award。右は大学院1期生から贈られたリンゴのオブジェ。アメリカでは教師にリンゴを贈る習慣がありますが、押味先生の名字にちなんで "The more you push, the better it tastes!" が刻印されている。
そういうわけでBarron先生にお話をもらった時は応募を躊躇したのですが、先生に説得される形で応募し、2007年から日本大学医学部 医学教育企画・推進室の助教として6年一貫の医学英語教育に携わることになりました。
ここから医学英語教育の専門家としてキャリアを積むことになりますが、問題も多かったのではないでしょうか?
今では医学英語教育を通して、医学生や医師が一人でも多くの患者さんの生命と健康を守ることに貢献することが私の人生の喜びとなっています。思えば日本の高校と医学部を卒業した私にとって、日本の医学生が経験する医学英語学習の困難さを理解できるのは当然かもしれません。医学英語の講師としては英語圏の医師が理想ではありますが、自分のように日本で英語を身につけてきた医師にしか教えられないこともあると思うのです。
その後、現在の職場である国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター准教授として医学部の英語教育を統括させてもらっています。本学は日本の医学部としては全国初となる「医学を英語で学ぶ」というCLIL(クリル)を本格的に導入し、最初の2年間は医学科目を全て英語だけで学びます。また1年次に420時間、2年次に300時間、合計720時間の一般英語と医学英語の授業を行い、一般英語と医学英語の両方のスキルを獲得できるカリキュラムを提供しています。
大事にしているのは「祝祭空間」としての学び場

ハロウィーンの Language Room のデコレーション
現在教鞭をとられている大学で押味先生は、日本人の学生だけでなくアジアを中心に各国の留学生に対して英語で医学を教えています。
押味先生は、今どのように学生さんを指導しているのでしょうか?
いくら英語の授業がたくさんあっても「医学を英語で学ぶ」ことは、多くの一般的な日本人学生にとって負担が大きいのが現実です。医学英語の習得には「型を身につける」ことが基本ですが、それに加えて私達が重要視しているのが「安心して学ぶ」「楽しく学ぶ」「好きなものを学ぶ」「仲間と共に学ぶ」ことを可能にする学修環境です。
他の分野の専門英語と同様に、医学英語でも「型を身につける」ことが重要です。「医療面接」や「症例報告」には基本の「型」となる定型表現がありますから、まずはこの「型を身につける」ことが最初のステップになります。ただこの「型を身につける」のはあくまでも最初のステップであり、その後に英語力の地金である自分の一般英語のスキルと組み合わせて、間違いながら学んでいくという作業が必要になります。
また少しでも「楽しく学ぶ」ことができる環境を作ることも大切です。授業の内容を楽しくすることはもちろん、語学教室をイベントに合わせてデコレーションし、授業の合間には季節や流行に合わせた英語の音楽もかけたりアロマを使うなど、少しでもリラックスして英語学修ができるように工夫しています。
必修の英語科目では学修項目が決まっていますが、毎日夕刻に開講する自由選択科目としての英語科目では、「医学」「科学」「世界情勢」「趣味(映画やスポーツなど)」「一般英語」「アカデミック英語」など 6つのテーマについて学生が「好きなものを学ぶ」ことができるようにしています。自分の興味のあることを英語で会話をすることで、英語で自由に意見を述べるスキルを自然に習得できるようにしています。
インターネット上で知識の習得が容易になった現在、大学など教育機関には「その時間、その仲間と、その場所でしか体験できないもの」を提供することが求められています。過去の「お祭り」をアーカイブで体験することにほとんど価値がないのと同様に、教育機関も「仲間と共に学ぶ」ことが重要な意味を持つ祝祭空間のような学び場になるべきであると考えています。
英語上達の秘訣は“Fake it until you make it!”

国際医療福祉大学医学部のハロウィーンパーティーは教員も仮装する本格的なもの。この年は Captain America として参戦!
押味先生が考える、「英語上達の秘訣」などあれば是非教えてください。
例えば、学会での発表が苦手な医師がいるとします。そういう時は英語で自信を持って発表ができるという理想の自分を演じるわけです。最初は確かにハッタリなのですが、理想とする自分にもうなっているんだと演じ続けることで、理想の自分が現実化するのです。
理想の自分は英語で自信満々で聴衆を引き付けるような話をしている。そのような自分になるために今の自分には足りないのはどんなことか?どうすれば距離が縮められるか?を考えながら演じ続けることが、英語上達には大切なのですね。